大阪地方裁判所 昭和61年(ワ)7270号 判決 1988年3月10日
原告
刀根俊隆
同
刀根享子
同
刀根政彰
右原告刀根享子、同刀根政彰法定代理人親権者
刀根俊隆
右原告ら訴訟代理人弁護士
道工隆三
同
井上隆晴
同
柳谷晏秀
同
青木悦男
被告
甲野太郎
右訴訟代理人弁護士
上坂明
同
黒田建一
同
永嶋靖久
同
能瀬敏文
同
荻原研二
同
池田直樹
被告
有限会社ハマ工芸
右代表者取締役
濱邊清雄
右訴訟代理人弁護士
藪下豊久
被告
小西敏之
右訴訟代理人弁護士
乕田喜代隆
同
稲田堅太郎
主文
一 被告甲野太郎は、原告刀根俊隆に対し金一七三九万八二二二円及び内金一六三九万八二二二円につき昭和六一年五月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を、原告刀根享子及び原告刀根政彰に対し各金一〇一九万九一一一円及び内金九六九万九一一一円につき前同日から支払済みまで前同割合による金員をそれぞれ支払え。
二 原告らの被告甲野太郎に対するその余の請求並びに被告有限会社ハマ工芸及び被告小西敏之に対する請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、原告らと被告甲野太郎との間においては、原告らに生じた費用の三分の一を同被告の負担とし、その余は各自の負担とし、原告らとその余の被告らとの間においては全部原告らの負担とする。
四 この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは各自、原告刀根俊隆に対し金二〇九三万七〇六八円及び内金一九九三万七〇六八円に対する昭和六一年五月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を、原告刀根享子及び原告刀根政彰に対し各金一〇四六万八五三四円及び内金九九六万八五三四円に対する前同日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する被告らの答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告刀根俊隆は亡刀根真知子(以下、真知子という)の夫、原告刀根享子は真知子の長女、原告刀根政彰は真知子の長男である。
2 真知子は、昭和六一年五月九日午後一時四〇分頃、大阪市城東区蒲生二丁目五番一四号所在の被告小西経営の文栄堂(以下、被告小西営業所という)前を東西に通じる道路(以下、本件道路という)を自転車に乗り東から西へ向つて通行中、同営業所前において、被告甲野太郎が振つたゴルフクラブのヘッドで胸部を強打され、同日午後三時五七分心臓挫傷により死亡した(以下、本件事故という)。
3 被告らは、右真知子の死亡により生じた損害について、次の理由により共同不法行為者として賠償の責を負わなければならない。
(一) 被告甲野
本件道路は自動車の通行が禁止されている幅員約3.14メートルの狭い道路で、しかも歩行者や自転車の通行はかなり多い。このような道路上でゴルフクラブの素振りをすることの危険性は明白であるのに、被告甲野は亡真知子の通行に注意を払わず安易にゴルフクラブの素振りを行い、その結果真知子の胸部を誤つて強打し、同人を死亡させるに至つたものであるから、本件事故が被告甲野の重大な過失により発生したことは明白である。
(二) 被告有限会社ハマ工芸
被告ハマ工芸は被告甲野の使用者であるところ、本件事故は、被告ハマ工芸のためにその取引先である被告小西営業所へ商品を取りに行つた被告甲野が、車に商品の積込みが行われている間に被告小西営業所に置かれてあつたゴルフクラブを使用して路上で素振りをしたことにより生じたものであり、被告ハマ工芸の事業の執行につき惹起されたものであるから、被告ハマ工芸は本件事故につき使用者責任を負わねばならない。
(三) 被告小西
本件事故は被告甲野が被告小西営業所に置かれてあつたゴルフクラブを使用して素振りを行つたことによつて発生したものであるが、被告小西は、常時右ゴルフクラブを右営業所に置き、被告甲野のみならず被告小西の従業員や得意先の者が絶えず右営業所前路上で右ゴルフクラブを使用して素振りをするのを知つていたから、被告小西としてはこれらの所為を禁止し、あるいは容易に素振りができないようにゴルフクラブを保管しておくべき義務があつたのにこれを怠り、狭くしかも人通りの少なくない本件道路上でゴルフクラブの素振りをすることの危険を知りつつゴルフクラブを事務所に置いていたことにつきゴルフクラブの管理者としての過失があり、その過失によつて本件事故が発生したのであるから、本件事故により生じた損害を賠償すべき責任がある。
4 損害
(一) 逸失利益
真知子は昭和二四年六月二四日生まれで死亡当時三六歳の家庭の主婦であり、かたわら原告俊隆の事業の手伝いをしていたが、同人が死亡により失つた得べかりし利益は、三六歳の女性の一か年の平均収入(昭和五九年賃金センサスによる)二三四万一〇〇〇円から生活費四〇パーセント差し引いたものに新ホフマン係数18.421を乗じた二五八七万四一三六円である。そして右真知子の損害賠償請求権を、原告俊隆が二分の一、同享子及び同政彰が各四分の一宛それぞれ相続した。
(二) 葬儀費用
原告俊隆は真知子の葬儀費用として三〇〇万円の支払を余儀なくされた。
(三) 慰藉料
本件事故により妻ないし母である真知子を失つた原告らの精神的苦痛は計り知れないものがあり、これを金銭的に慰藉するための金額は、原告俊隆につき一〇〇〇万円、同享子及び同政彰につき各五〇〇万円を下らない。
(四) 弁護士費用
原告俊隆につき一〇〇万円、原告享子及び同政彰につき各五〇万円の負担を余儀なくされた。
5 被告甲野は被害弁償として原告俊隆に対し六〇〇万円、同享子及び同政彰に対し各一五〇万円を支払つたので、原告らはそれぞれ前記損害賠償債権に充当した。
6 よつて被告ら各自に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、原告俊隆は右損害金合計二〇九三万七〇六八円及び内金一九九三万七〇六八円(弁護士費用を除いた部分)に対する真知子死亡の日の翌日である昭和六一年五月一〇日から支払済みまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告享子及び同政彰はそれぞれ右損害金合計一〇四六万八五三四円及び内金九九六万八五三四円(弁護士費用を除いた部分)に対する前同日から支払済みまで前同割による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する被告らの認否及び反論
1 被告甲野
(一) 請求原因1の事実は認める。
(二) 同2のうち、被告甲野の行為と真知子の死亡との間の因果関係の存在を否認し、その余の事実は認める。
(三) 同3(一)は争う。ゴルフスイングによる負傷事故はよく耳にするものの死亡事故はほとんど耳にせず、一般的にゴルフスイングが死亡事故と直ちに結びつくほどの危険行為とは解されていない。また本件事故時における被告甲野のスイングは全力で振り抜いたものでなくハーフスイングであつたから危険性もそれだけ弱いものであつた。また背後から自転車で接近する人に対し直角の方向でスイングし、心臓の真上を直撃する確率は極めて少ないこと、本件道路の事故当時と同じ時間帯の通行状況をみると、当時の真知子と同じように東から西へ向う自転車は三〇分間にわずか四台しかなく七分間に一台来る程度でしかないこと等を考慮すれば、本件事故は通常考えられない偶然が重なり合つて生じたものであり、一般に死亡事故発生の結果を予見することは困難である。
(四) 請求原因4の事実は否認する。
(五) 同5の事実は認める。
2 被告ハマ工芸
(一) 請求原因1、2の事実は不知。
(二) 同3(二)のうち、被告ハマ工芸が被告甲野の使用者であつたこと及び被告ハマ工芸のため被告小西営業所に被告甲野が商品を取りに行つていたことは認め、本件事故の発生状況については不知。被告ハマ工芸の責任は争う。被告甲野が被告小西営業所に赴いたのは、かねて被告ハマ工芸が被告小西に注文しておいたショーケースの照明カバーを取りに行つたのであるが、注文品は既に完成しており、被告甲野の到着後被告甲野と被告小西の従業員らがこれを被告甲野の自動車に積み込んでしまい、あとは被告甲野が自動車を運転して被告小西営業所を出発すればよいだけの状態となつていた。ところが被告甲野はこの機会にたまたま被告小西営業所に置いてあつたゴルフクラブを持ち出し路上で素振りをしたために本件事故が発生したものであるから、被告甲野の右行為が被告ハマ工芸の事業の執行と関係がないことは明らかである。
(三) 請求原因4、5の事実は不知。
3 被告小西
(一) 請求原因1の事実は不知。
(二) 同2のうち、真知子が強打された部位が胸部であること及び死亡時刻及び死亡原因については不知。その余の事実は認める。
(三) 同3(三)は争う。ゴルフクラブは性質上の凶器ではないから事務所に置いていたことによつて危険性が生じているとはいえず、それ以上の管理上の責任が生ずる理由はない。被告小西の従業員が昼休みに被告小西方前の私道(本件道路ではなく本件道路から西へ入る行き止まりの道路)でゴルフの素振りをしていたことはあるが、その際は二人以上でお互いに路上の安全を注意しながらしていた。得意先の従業員等が業務で来訪しているときに被告小西に断りなく勝手にゴルフクラブを持ち出し道路上で素振りをするなど予想も出来ないことであるから、同被告にはかかる事態を想定してゴルフクラブを管理すべき注意義務はない。
(四) 請求原因4は争う。
(五) 同5は不知。
三 被告甲野の抗弁
本件事故発生の原因は、被告甲野の行為のみならず、真知子自身の行為にも関係がある。すなわち本件事故当時本件道路は東側のトンネルから事故現場までの見通しが良く、道路上に視界を遮ぎる物はなかつたから、トンネルを出て事故現場へ向けて自転車で走行して来た真知子には前方事故現場において被告甲野が立つてゴルフクラブを振り上げているのがよく見えたはずであるが、真知子は被告甲野の危険な素振りが終るのを待つために自転車にブレーキをかけるとか、被告らに自己が走行して来ていることを知らせて危険な素振りを中止するよう警笛を鳴らすとかの危険回避措置を採らなかつたばかりでなく、かえつて被告甲野の前を通り過ぎる時体をかがめてスピードを落さずに擦り抜けようとしたのであるから、本件事故発生につき真知子にも過失がある。さらに当時真知子は先を急いでかなりの速度を出していたものと思われ、それが被告甲野のスイングによる衝撃力をいつそう強める結果となつている。
四 被告甲野の抗弁に対する原告の反論
被告甲野は、真知子は被告甲野がゴルフクラブを振り上げているのが見えたはずなのにこれを避ける行動を採つていない過失がある旨主張するが、本件事故は被告甲野がゴルフクラブを振ったときにそのクラブヘッドが真知子の胸部を強打したというものであり、ゴルフクラブを振る時間は瞬時であつてこれを避ける行動など採れるものではないから、右主張は理由がない。
第三 証拠<省略>
理由
一原告俊隆が真知子の夫、原告享子及び同政彰がそれぞれ真知子の長女、長男であることは、原告らと被告甲野の間においては争いがなく、原告らと被告ハマ工芸及び同小西の間においては、原告俊隆本人尋問の結果によりこれを認めることができる。
二本件事故状況
真知子が昭和六一年五月九日午後一時四〇分頃、本件道路を自転車で通行中、大阪市城東区蒲生二丁目五番一四号所在の被告小西営業所前において、被告甲野が振ったゴルフクラブのクラブヘッドで胸部を強打されたこと及び同日午後三時五七分真知子が心臓挫傷で死亡したことは、原告らと被告甲野との間において争いがなく、また右日時場所において真知子が被告甲野の振つたゴルフクラブのクラブヘッドで強打されたこと及び真知子が死亡したことは、原告らと被告小西の間において争いがない。
<証拠>を総合すると、次の各事実を認めることができる。
1 昭和六一年五月九日、被告甲野は、その勤務する被告ハマ工芸の従業員として取引先である被告小西営業所(文栄堂)に注文しておいた商品を受け取りに行つた際、その商品を自分の乗つて行つた自動車に積み込んで何時でも出発できるよう準備した際、被告甲野の従事していた仕事の性質上定時の休憩時間を取れないのでここで小休憩を取りゴルフの素振りをしようと考え、午後一時四〇分頃、被告小西営業所内に置かれていたウッドの一番(ドライバー)のゴルフクラブ(全長約1.1メートル)を持ち出し、同営業所南側の東西に通じる幅員約3.1メートルの本件道路上に出た。本件道路上に出た時点で被告甲野は左右を確認したが、東側は約三〇メートル先のJR城東貨物線の高架まで全く遮蔽物がなく、西側は被告甲野が乗つて来た自動車を駐車させていたためやや見通しが悪かつたが、いずれも歩行者や自転車等の通行は認められなかつた。
2 本件道路上に出た被告甲野は、一人で、道路中央付近に煙草の吸殻が落ちているのを見つけてこれをゴルフボールに見立てることにし、吸殻の落ちている位置で素振りをすると南側の公園のフェンスにゴルフクラブがぶつかる可能性があつたため右吸殻をゴルフクラブで少し被告小西営業所の方へ引き寄せ、吸殻を公園の方(南)へ飛ばすことを想定して本件道路上において身体を西へ向け(道路東方向が背後になる)、右吸殻にゴルフクラブの先を当てて距離と角度を計りスタンス(足場の位置)を決めた(別図①の地点)後、ワックル(ゴルフボール等を打つ際手慣しのため二、三回小さく振つて角度や方向を確認する動作)もせず、いきなりゴルフクラブを振り上げて打ち降ろし、七分位の力でゴルフクラブを振り抜いた。
なお被告甲野は、本件道路上に出た際に道路上の通行人の有無を確めた以外はゴルフクラブを振り降ろすまで全く周囲の状況に注意を払わず、特にスタンスを決めた後はあせらず良いタイミングでうまくクラブヘッド(ゴルフクラブの先端)を右吸殻の位置で通過させようということにのみ意識を集中させていたため、背後から真知子が自転車に乗つて接近して来たことに全く気付かなかつた。
3 ところが運悪くその時たまたま真知子が本件道路を東から西へ通過しようと自転車で走つて来ており、別図1△の地点に差し掛つた際、前記の経過で被告甲野の振り抜いたゴルフクラブのクラブヘッドが真知子の胸部中央を強打してしまつた。被告甲野は慌てて「大丈夫ですか。」と声をかけたが、真知子は無言でそのまま七メートルほど進んだ後別図2△の地点で停止し、その場に崩れ落ちるように倒れた。
真知子は直ちに救急車で東大阪病院に搬送されたが、同日午後三時五七分同病院において、右ゴルフクラブの胸部打撲に基づく心臓挫創による心タンボナーデで死亡した。
以上のとおり認められ右認定に反する証拠はない。
三被告甲野の責任について
<証拠>によると、本件道路は幅員3.14メートルの狭い市道であり、またJR環状線等の京橋駅に通じていて歩行者等の通行量が多いことから車輛は終日通行禁止となつていること(自転車及び許可車を除く)、及び大阪府城東警察署巡査が本件事故の一週間後である昭和六一年五月一六日午後一時四〇分から午後二時一〇分までの三〇分間の本件道路の通行量を調査したところ、歩行者二八名、自転車一〇台の通行があつたことが認められ、右認定事実に徴すると本件道路は少なからぬ歩行者もしくは自転車の通行があり、かような公道の路上でゴルフの素振りを行うことによつて通行人にゴルフクラブが当たる可能性は決して低くないというべきである。
また一般に、ゴルフクラブのドライバーがゴルフボールをより遠方に跳ばすために、クラブヘッドを重くし、あるいはグリップからクラブヘッドまでを長くして振つたときに遠心力がつきやすくするなどして打球の際の衝撃力を強力なものにするよう設計されていることは経験則上明らかであり、かようなゴルフクラブを用いて表振りを行い万一誤つて人の身体をこのゴルフクラブで打撃した場合には、打撃部位によつては極めて重篤な結果を惹起することが十分予想されるところといえる。
そうすると本件道路上でゴルフクラブのドライバーで素振りを行う場合には、誤つて通行人を打撃し負傷もしくはそれ以上の結果を生じさせることは十分予見可能であるというべきであり、かような場合ゴルフ練習者としては素振りを行う前に周囲の状況殊に接近して来る通行人の有無について十分注意を払い、通行人にゴルフクラブが当たる危険があると認められるときには直ちに素振りを中止して通行人に道を譲り、かような危険がないことを確認したうえで初めて素振りを行うべき注意義務が存することは明らかである。そして被告甲野がスタンスをとつた時点において接近してくる通行人の存否を確めさえしていれば、東方向から自転車で接近して来る真知子を視認し素振りを中止して本件事故の発生を回避できたであろうことは、前記本件事故状況から容易に推認することができる。しかるに被告甲野は当初本件道路上へ出た時以外は全く通行人の存否等を確認することなくゴルフの素振りを行い、その結果通行中の真知子の胸部に打撃を加えて同人を死亡させたのであるから、不法行為による損害賠償責任を負担すべきこと明白といわざるを得ない。
四被告ハマ工芸の責任について
<証拠>によると、次の事実を認めることができる。
被告甲野は昭和四八年から店舗等の改装の設計施行やディスプレー器具の製造販売等を業とする被告ハマ工芸に勤務し、その営業係として顧客から注文を受けて各製造業者に発注し、出来上つた製品の引渡を受けて店舗等に設置するという仕事に従事していた。本件事故当日である昭和六一年五月九日午後一時三〇分頃、被告甲野は被告ハマ工芸の取引先の一つでプラスチック加工による陳列ケース製造を業とする被告小西営業所に、かねて発注してあつた製品の引取りのためライトバンで赴き、被告小西営業所の従業員一名とともに注文の製品を被告小西営業所工場から右ライトバンまで運んで積み込む作業を終了した。ところで被告甲野は約二年程前から、被告小西営業所を仕事で訪れた際そこでの仕事を済ませた後などに、被告小西の弟で同被告方の工場長でもある小西雅利とともに本件道路上や文栄堂印刷組立場西側路地でゴルフの素振りを行い、互いに路上の通行人の有無等を注意し合うとともに小西雅利からゴルフスイングの姿勢等についての指導を受けることを楽しみにしていた。そのため本件事故当日被告甲野は、製品の自動車への積み込み作業を終えた後、被告甲野の従事していた営業という仕事の性質上定時の休憩時間を取れないのでここで小休憩をしてゴルフの素振りをしようと考え、被告小西営業所印刷組立場の入口付近に立て掛けてあつたゴルフクラブのうちドライバー一本を持ち出して本件道路上で素振りし始めた途端本件事故を惹起した。
以上のとおり認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。そして右認定事実に徴すると、被告甲野の本件ゴルフの素振り行為は、被告ハマ工芸の職務を離れた休憩時間中に趣味のゴルフの練習を一人で行つていただけのものにすぎず、被告甲野の使用者である被告ハマ工芸の営業内容に関するものとは到底いえず、またそれが被告甲野の職務遂行を契機にこれと密接に関連して行つた行為と考えることもできない。したがつて本件事故に関し被告ハマ工芸に民法七一五条一項による損害賠償責任を負担させることはできないというべきである。
五被告小西の責任について
<証拠>を総合すると、被告甲野が本件事故当時使用したゴルフクラブ(ウッドの一番)は被告小西営業所の印刷組立場の入口付近(別図②の地点)にばらばらの状態で立て掛けられていた古い三本のゴルフクラブのうちの一本であり(他の二本はアイアン)、以前被告小西がゴルフをしていた際に使用していたものを従業員の一人に譲渡したが、その従業員が被告小西営業所を辞める際に残して行つた物で、現在では被告小西営業所で唯一人ゴルフを趣味としている小西雅利が昼休みや就業時間後に右印刷組立場西側の路地や本件道路上でゴルフの素振りをするために前記場所に置いていたものであるが、小西雅利は自分一人で素振りをするだけでなく被告小西営業所の取引先の者でゴルフを趣味としている者が被告小西営業所に来たときは、一緒に右ゴルフクラブを使つて素振りをすることがあつたほか、取引先の者が右ゴルフクラブを自由に使用することを容認していたこと並びに被告甲野は普通の平均的常識を備えた通常人であることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
ところで一般に、ゴルフクラブは銃砲刀剣類のように本来的に人身等を殺傷する用途に供する目的で製造されたものではなく、ゴルフ競技における打球の道具として製造されかつその用途で使用されるのが通常で、これを使用する者が十分周囲の状況に注意を払つて通常の使用方法で使用さえすれば全く安全なものであり、これが無断で持ち出されるなどしてその管理者の管理の下から離脱しても、人身に対する危害の危険性が著しく高くなる性質のものではない。したがつて被告小西が本件ゴルフクラブを特に保管すべき義務を有しているということはできず、本件ゴルフクラブを前記場所に立て掛けて被告甲野がこれを自由に使用することを容認していたために同被告がこれを持ち出し本件事故を惹起するに至つたとしても、被告甲野が普通の平均的常識を備えた通常人であり、通常のゴルフクラブの素振り練習のために本件ゴルフクラブを使用する以上、接近して来る人がいないことを確認したうえゴルフクラブの素振りを行うという基本的注意義務を尽すものと考えるのが当然であるから、被告小西にゴルフクラブ保管上の過失があるということはできず、その責は専ら被告甲野の本件ゴルフクラブの使用上の不注意に帰せられるべきであつて、被告小西に損害賠償責任を負担させることはできないといわざるを得ない。
六損害
1 逸失利益
<証拠>によると、真知子は本件事故による死亡当時三六歳の健康な主婦であり、かつ原告俊隆の経営する会社の計理や雑用等の仕事を手伝つていたことが認められ、本件事故により真知子が失つた得べかりし利益の現価を新ホフマン係数により算定すると、次の計算式により二八七九万六四四四円となる(年間所得は昭和六一年賃金センサス年齢階級別きまつて支給する現金給与額、所定内給与額及び年間賞与その他の給与額・企業規模計・女子労働者・学歴計・三五〜三九歳の二六〇万五四〇〇円、生活費控除は四割)
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右真知子の逸失利益の損害賠償債権を原告らは法定相続分に応じて相続し、原告俊隆は真知子の夫として二分の一の一四三九万八二二二円、同享子及び同政彰は真知子の子供として各四分の一の七一九万九一一一円をそれぞれ承継した。
2 葬儀費用
原告俊隆本人尋問の結果によると、原告俊隆は真知子の葬儀費用として一〇〇万円以上を支出したことが認められるが、本件事故と相当因果関係のある葬儀費用は一〇〇万円と認めるのが相当である。
3 慰藉料
原告らが本件事故で原告俊隆にとつて妻であり原告享子及び同政彰にとつて母である真知子を失い精神的に多大の打撃を受けたであろうことは、成立に争いのない甲第九、第一〇、第一五号証及び原告俊隆本人尋問の結果から推認するに難くなく、原告らの右精神的苦痛に対する慰藉料としては原告俊隆につき七〇〇万円、同享子及び同政彰につきそれぞれ四〇〇万円をもつて相当と認める。
4 弁護士費用
原告らが本件訴訟代理人に相当額の報酬支払を約束して本訴追行を依頼したことは弁論の全趣旨により明らかであり、本件事案の内容・審理経過・判決認容額等に鑑み、原告らが被告甲野に対し賠償を求め得る弁護士費用は、原告俊隆につき一〇〇万円、原告享子及び同政彰につき各五〇万円をもつて相当と認める。
七過失相殺の主張について
被告甲野は、真知子がゴルフの素振りをしている被告甲野を視認していたにもかかわらず、自転車のブレーキをかけてスピードを落としたり警笛を鳴らしたりせずに被告甲野の側を擦り抜けようとし、被告甲野のゴルフスイングを回避する行動を採らなかつた過失がある旨主張するが、本件道路は一般公衆の通行の用に供せられる公道でありゴルフ練習場ではないから、路上でゴルフの素振りをしている者は通行人が通りかかつたときにはゴルフの素振りを中断して通行人に道を譲るべきであり、通行人の方で回避の措置を採るべき義務はなく、周囲の状況を顧みることなく道路上でほしいままにゴルフの素振りを行い、その結果誤つて真知子を打撃して同人を死に至らしめた被告甲野の過失の重大性と対比すれば、右被告主張を考慮しても真知子の側に損害賠償額算定上斟酌すべき過失があるとは到底認められない。
八損害の填補
被告甲野が本件事故に基づき原告らに負担する損害賠償金として原告俊隆に対し六〇〇万円、同享子及び同政彰に対し各一五〇万円をそれぞれ支払つたことは原告らと被告甲野との間において争いがない。右支払金は被告甲野が原告らに賠償すべき損害金額から控除すべきであるから、結局被告甲野は原告俊隆に対し一七三九万八二二二円、原告享子及び同政彰に対し各一〇一九万九一一一円を支払わなければならないこととなる。
九結論
以上の次第で原告らの本訴請求は、被告甲野に対し、原告俊隆につき一七三九万八二二二円及び内金一六三九万八二二二円(弁護士費用を除いた部分)に対する真知子死亡日の翌日である昭和六一年五月一〇日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を、原告享子及び同政彰につきそれぞれ一〇一九万九一一一円及び内金九六九万九一一一円(弁護士費用を除いた部分)に対する前同日から支払済みまで前同割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、原告らの被告甲野に対するその余の請求並びに被告ハマ工芸及び同小西に対する請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条一項を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官庵前重和 裁判官富田守勝 裁判官西井和徒)